第十三話:玉砕

 

 

炎の直撃を喰らった誠は、轟音とコンクリートの残骸を引き連れる。

舌打ちして慣性衝撃を力付くで捻じ伏せ、コンクリートの床を踏み砕き、爪と足裏で抉りながら止まる。

大穴が開いた壁から、気障なポーズで舞い降りる浅生に、誠は野獣のように歯軋りした。

白煙の舞う中、笑う浅生。紅い唇は頬を裂き、サディスティックな笑みを形作る。

犬歯と門歯はやけに綺麗な歯並びである。

 

「どうした? 真神?」

 

背中から生き物のような白い液体が身体を覆い、凝固し、鎧を形成していく。

紅い口唇を残した兜。

右肩は雄山羊。左肩には鋭い角を持つバッファローと、非対称の肩当てが特徴の積層鎧。その肩にはグラムファーという姿だ。

騎士風――――ともいえるが、下品に装飾を求める性か、誠の眼には盗賊の親分。もしくは下卑た傭兵と映る。成金の金持ちが、ブランドに走る傾向と似ている。憤激の片隅にある理性は、冷徹なまでに敵対者を観察する。

肩に掛けたグラムファーが外の風に靡いている様など、伊達を気取る不良の低俗性を現しているようだった。

 

「【かかって来いよ!】」

 

 無能。無謀。無知の突貫を試みる誠へ、嘲笑まじりの挑発。

右腕が毒槍に変形し、横薙ぎの一撃が肉迫する。それをスタッズの拳骨で叩き弾く。

 

「【おっ? いいぞ。次はもう少し早めにいくぞ?】」

 

 キャッチボールをやるような声音。しかし、その言葉の最中に織り込まれるのは、自動機関銃の掃射を思わせる、一秒間数百発と繰り出される毒槍が刺突。

左のジャブ六連で槍の刃を弾き、槍の払いをフックからダッキング、振り落とす槍の柄をアッパーで防ぎ切る。

 

「【あぁ?】」

 

 弾かれた己が槍を戻し、怪訝に矛先と誠を見比べた。

 おかしい。こいつはさっき、オレの毒槍を歯で受け止め、今度は拳で弾いた。そろそろ毒が回ってもいい頃だ。触れただけで数秒としない内に、戦闘能力を失うほどの即効性だ。自分の毒槍は何よりも信頼できる。なのに、誠にはまったく毒が回る傾向が見当たらない。

そんな浅生の思案は、数秒だけだった。その数秒に獰悪な魔獣は懐に入る。

槍のリーチが生かしきれない、至近距離で地面からホップする左のアッパー。それをスウェーバックで躱すが、胸当ての一部を吹っ飛ばすほどの一撃。しかし、ダメージは無い。

左手から召喚した三角旗で、闘牛士のように誠の視界を撹乱させ、身体の自由を拘束。

覆われた三角旗の布越しに、浅生は槍から拳へ戻し、右ストレートをぶち当てる。

コンクリートが鶉の卵のように、砕けるのは実証済み。

しかし、その剛拳はかつて味わった事の無い感触を返してきた。首を傾げたが、構わずに猛打を喰らわせる。己の拳で砕けぬ物は無いという絶対の自信で。

三角の軍旗に包まったまま、動きの取れない誠の顔面を執拗に殴り続ける。

誠も黙ってやられているわけではない。自由の利かない状態とはいえ、立ち位置は予想できる上、右腕がまだ動く。

大振りの右フックを苦し紛れに放つが、半身で躱す浅生。

虚空を切り、誠の身体はバランスを崩して床へと膝をつける。待ち構えたかのように跳ね上がる浅生の膝蹴りに、誠の身体は宙に浮き、仰け反り、そして天井へ突き刺さる勢いで高々と舞った。

決まりだ。己の力と今の一撃の評価。唇が三日月を描き、狂笑を形作る。しかし、叩き付けられる寸前に猫科の身軽さを披露し、天井に爪を立てて、ぶら下がった。

逆さのまま、ぶら下がる誠の身体から、三角旗の包装が重力に従って滑り落ちていく。

 

「【何だ? そりゃあ?】」

 

 呟かずにはいられなかった。今の今まで殴り続けていた違和感の正体を見て織った。

誠の顔面と背中に、目を疑う変化が起こっていた。執拗に殴っていた顔面は、フルフェイスの兜に覆われていた。怒髪を形態させた角。もしくは、茨の王冠と形容できる頭部に、額にはルビーのような紅玉が埋まっていた。

竜を模したかのような面頬に、一握りしかない理性を象徴する、禍々しいマスク。その隙間から長い牙が数本、顔を出している。

 漆黒の甲殻を纏う姿の中で、さらに象徴的なのが背中だ。何かしらの戒めを引き千切ったかのような四本の鎖が埋め込まれ、薄暗い廃ビルに紛れ込む日の光を、鈍く照り返している。その四本の鎖は意志を持ち、蛇が威嚇するかのように、

 

 

 

ジャラジャラ・・・・・・・・・

 

 

 

と、逆さになりながらも浅生を不気味に、見下ろしている。

 驚愕しつつも、数秒で不敵な笑みを作る余裕さえ見せる。己の内にある『(魔王)』を絶対と信じて疑わない。

 

「【お前も悪魔憑きで、獣化現象か。なら、オレの拳に耐えられる理由(わけ)だ】」

 

そして、毒槍の耐性も納得できる。

誠の内に住む悪魔がダメージを受け持っているのだ。だが、それにも限界はある。悪魔が逃げ出す激痛を与えればいいだけだ。

 

「【いいだろう。串刺しにしてやる】」

 

 浅生の宣戦布告に応えるかのように、誠は天井を蹴る。

額のルビーと、紅い双眸をテールランプのように揺らして肉迫し、浅生も狂眼をギラつかせて両の手を毒槍へ変え、迎撃の態勢に入る。

 轟音を共にする槍の一閃を、激烈な右拳で歓迎する。

火花が散る前に、槍を背の鎖二本は巻き付き、誠の身体を反転させ槍の柄に着地。そこを足場にして肉迫し、獰悪な右前蹴りを顔面へ閃かせるが、三角旗が現顕(げんけい)し、蹴りの勢いは吸収されて難なく躱される。

額のルビーが眼のように動き、下に移動する。三角旗の影――――浅生の右肩にある雄山羊の口腔が開き、火の玉が燃えていた。その口を防ぐべく、残り二本の鎖が風を切って疾駆。口と言わず、雄山羊の顔面を乱暴に包装を決行する。が、もう一つの口腔――――左肩のバッファローも、雄山羊の口腔と同様に緋色の猛火を口腔に広げていた。

 

「【バカが! 死ねぇ!】」

 

バッファローの舌と共に踊る猛火が、嘲弄の怒号と共に吐き出された。雄牛の口腔から吐き出された火柱が交差し、二つの火柱が迫る。

火柱の威力と高温は、経験積み。そのため腰が引ける。

 

(回避!)

 

 咄嗟の判断。しかし、己の臆病(・・・・)さにすら怒りを覚えた。憤怒の火は浅生の猛火よりも、獰悪に燃え盛り、浅生にあった怒りをさらに重複する。

 

(避けるな! 阿呆(あほう)! 槍の長さ二一〇.八センチ。三角旗は束縛と防御のみ。火炎放射はゼロ距離射程で放てる唯一の行動選択。最良の選択はこの場でのカウンター!)

 

積み重ね、磨かれた『魂』が、『誠』という人格を片っ端から裏切る!

真正面からぶち当たる火炎に耐え、浅生の脳天に左拳を振り落とす。

 大口を開けていた浅生の口が塞がる。

 口呼吸が強制的に止められ、二つの鼻穴から鼻血のように炎の火柱を吹く。

パロディーのような滑稽さを露にする浅生を、ゲラゲラと笑いながら握りを確かめ、火を噴く鼻にめり込む右ストレートを放つ!

浅生の身体は慣性に従い、後方へと吹き飛ぶが、四本の鎖は許さない。

吹っ飛ぶ勢い以上に、鎖に戻される。

コンマの最中を一瞥する誠の感想は、

 

(無駄に顔面が多いな。ジャブが大変じゃねぇかよ!)

 

そして更なる怒りだけだ。冷静に算段し、相手を徹底的に破壊する選択肢を列挙していく。

家族である妹に、病原菌のような手で触れた浅生など、極刑や処刑すら生温いと判決を下す。

引き戻された浅生の顔面と肩当てに、殺人(キリング・)機械(マシン)の正確無比な左ジャブ!

世界を平伏すかのようなジャブは閃光となって、浅生の顔面、左肩、右肩を同時と思うほどの拳撃を叩き込む! もしくは、彗星が残した光芒だ。

金属的な火花が散り、拳骨が奏でる音色のたびに、浅生の首が左右上下に跳ね上がる。

 両肩の雄山羊と、バッファローが拳骨で歪められ、己の顔面だけで計五発も殴られている事実に、浅生のプライドが音を立てて崩れ始めようとした。

 何故だ! 何故、オレが殴られる? オレは弱肉強食の頂点にいる魔王。七つの原罪。七つの大罪を冠する魔王の魂。欲望の魔王に選ばれた者。なのに、何故、オレは五年前同様にこいつに殴られる? こんなことはあってはならない! 絶対に起きる訳が無い!

 

「【舐めるなぁ! クソッタレが!】」

 

 怒号ともに放った左拳は誠のテンプルに突き刺さる! 轟音に相応しい火花は咲くが、誠は首を左右にストレッチし――――理性の象徴と思えたマスクが、両側へと勢い良く開いた。

 

「【それは、(・・・)の台詞だ】」

 

 地獄の底に響く声音――――否。それすら生温い。地獄そのものを、誠の喉は発した。

 同時に四本の鎖全てが、浅生を包装する! 雁字搦めで身動きの取れない浅生の脳天に右拳が切迫した刹那だった。背筋に悪寒が走る。まるで背中に液体窒素を流し込まれたようだった。

 

(離れろ! 回避だ!)

 

 並べられた危険信号(アラート)の真っ赤な警告に従うものの、浅生を中心に魔力が爆発する。鎖は引き千切られ、突風に吹っ飛ぶ誠。

身体を回転させて威力を分散する。コンクリートの床に亀裂を作って着地する。

 天井が崩壊し、瓦礫が豪雨のように降り注ぐ。

足場は消失し、波立つように消えていく。

 床は次々と破壊されて、廃ビルの地下駐車場に誠は様々な瓦礫と共に着地した。そして、視線を向けるその先に、異形を視界に入れた瞬間、悪寒の正しさに戦慄する。

 

「【お遊びは、終わりだ】」

 

 天井が吹き抜けとなった地下駐車場。誠を見下ろす浅生の声音は、もう一握りしか存在しない。

 下半身が両足ではなくなっていた。

 びっしりと頑強性を見せつける鱗。全長一二メートルに及ぶ、恐竜の首の代わりに浅生の上半身が生えていた。

両腕は全長八メートル。矛先は瘴気をのぼらせる禍々しい長槍。面頬の隙間から覗ける凶眼は怨嗟の炎。

 

「【メチャクチャに穿ち殺してやる!】」

 

 歯を剥き出しにした咆哮。ビルの全てを震わしながら、肉迫する黒い物体。

想像も付かない角度と速度から、竜の尾が誠の顔面に迫り、咄嗟に両腕で顔面を庇うものの、ガードごとぶち抜いて誠の身体は小石のように吹っ飛んだ。

三台の廃車を巻き込んで、最後に四台目のセダンをプレス機のように潰して停止した。

甲殻を纏ったおかげで身体は無事。しかし、衝撃は何ら緩和しない。肋骨から両腕は圧し折られ、脳と内臓は激しくシェイクしている。

マスクの隙間から嘔吐した。鮮血が滴り落ちている誠の姿を、狂った笑声と共に浅生の両腕が延長し、右手は頭を鷲掴みし、左手の毒槍が腹部に突き刺さった。

 

「【ハァハッハッァァァア!】」

 

 甲殻の強度を嘲笑うかのように刺し刻む。毒槍は内臓を蹂躙し続ける。苦悶を叫び、腕をあげようにも、肘の先で圧し折れた両腕は微動すらしない。

 止めとばかりに勢いに乗った矛先は、腹筋を刺し穿ち、背中の皮膚まで貫通。叩き込まれた激痛を露にし、誠の意味不明な絶叫が廃ビルの駐車場に反響した。

宙に吊るし上げられ、ジタバタと身を捩る誠の様を、楽しげに浅生は微笑した。サディストの恍惚というに相応しかった。

 

「【トドメだぁ!】」

 

 両肩と己の口腔。そして、竜の顎が開かれる。裂帛の呼気と共に、火炎柱の直撃が誠の上半身叩き込んだ。火炎の勢いに攫われた誠の身体は、串刺しから逃れるが超高温に炙られ、身体は先ほど崩壊させたセダンの屋根を、完膚なきまで叩き潰した。

 セダンの屋根は甲殻の余熱で飴細工のように溶解し、ボロボロの合成革は炙れる。

 合成革の異臭が広がる中に、浅生の哄笑が響き渡る。

勝ち鬨だ。勝利を享受し、狂気していた。

 炎で焼かれ、毒槍に貫かれても誠の闘争心は、未だ折れていない。圧し折れた両腕を叱咤し、動けと命じる。立ち上がれ、這ってでも。

 

「何だぁ? ここ? メチャクチャ熱いな」

 

 そこに――――

 

「うん? えぇ――――と? どっちがマコっちゃん?」

 

 救いの主にしては緊張感の欠片も無い。

巳堂霊児は、駐車場の階段付近で異形へ姿と変化している誠と浅生を見て、指と眼を泳がせていた。

 

 

 

「おい起きろ。風邪ひくぞ」

 

 まどろみの中で、いきなり両頬を叩かれた。

 鉛のように重い瞼を開けると、目付きの悪い碧眼が見下ろしていた。

 

「マジョ子・・・・・・・・・さん?」

 

 痺れた舌を動かし、何とか返す。

 

「うん? お前、怪我しているのか?」

 

 マジョ子さんの双眸が、浅生の毒槍を受けた肩を見やるとすぐに、ポケットの中を調べ始める。

 

「毒にやられているみてぇだが、心配するな。応急処置をしてやる」

 

 怪我人だと、この魔女は妙に優しい。だが、それがかえって怖い。

 

「これを飲め」言って、ポケットから取り出したのは、コルクの栓がしてある試験管だった。青緑の液体は試験管の中で、ユラユラと、「撲、有害です」と主張していた。

 

マジョ子さんは、シンクロとかで使われている鼻を摘むような形の鼻栓を装着する。

 

「さぁ、飲め」

 

 コルクの栓を抜く。しかも鼻を摘んでいる性で、面白い声が出ていた。

 鼻腔を刺激する液体の異臭。それに、中から出てきた煙は、髑髏の形をしていたような幻覚を見てしまった。これは、毒の性なのか・・・・・・

 

「何と言うか――――牛乳を拭いた雑巾のような――――腐った納豆のような――――それでいて――――夏場に三日ほど、放置した生ゴミのような――――」

 

「うん? 毒がまわって朦朧としてきたのか?」

 

 私にはボキャブラリーが圧倒的に、足りないと思う。この異臭を表現するいい言葉はないのか? ていうか、遠回しに飲みたくないって言っているのよ。空気読めよ、このロリッ娘。

徐々に近付ける。鼻の真下に来る試験管。漂う激臭! これは、拷問なの?

私は口を閉じ、首を千切れんばかりに横に振る。届け! 私の精神念話(テレパシー)

 

「味は悪くないぜ――――たぶん」

 

 そうだよね。味見なんてする気ないよね?

 そんな完走の最中にいきなり頬を掴まれ、口の隙間に突っ込まれる試験管。垂直落下する青緑の液体!

 ・・・・・・・・・飲んでしまった。

空になった試験管。心境は物凄くブルーだ。感覚は麻痺していて良く解らないけど、たぶん、今の私は泣いている。舌が麻痺していたのは、不幸中の幸いというべきか・・・・・・・・・

 鼻栓を外したマジョ子さんは、私を見下ろし、試験管をポケットの中に戻しながら言う。

 

「どうだった? 意外と飲みやすかったろ? イチゴシロップを混ぜていたからさ」

 

 わかんねぇよ! イチゴシロップ如きに消せるモノじゃないわよ――――たぶん。

 

「応急処置は済ませたから、大丈夫だろう。今から、ウチの衛生兵を呼んでやるから、大人しくしていろ」

 

ポケットから携帯を取り出したマジョ子さん。明らかに携帯よりも長大なストラップごと取り出しているのは、異常だった。

そして、信じられないことに、あの生ゴミ臭い液体は効果があったらしく、呼吸が幾分と楽になってきた。

携帯に耳を当てようとした時に、マジョ子さんの動きがピタリと停止した。

刹那の間に携帯を空中に放り、何時の間にか握られた二丁拳銃。手をクロスして、銃口を誠が吹き飛ばした戸口――――何もない(・・・)はずの空間で弾丸が、火花を散らしながら跳弾する。

それと同時に、マジョ子さんのポケットから、山羊の小人が飛び出し、床に落ちようとしていた携帯をキャッチし、携帯電話ごと異次元ポケットに帰還したのは同時だ。

一気に圧縮する気配が、部屋中に満ちた。

間を置いて、部屋中に響いてこだまする、クスクスという女の笑い声。

 ここにいる敵の殆どザコだと、思っていた。あの貧弱な魔術師も然り。強力な悪魔に憑かれた浅生ですら、奇襲すらなければ巳堂さんとマジョ子さんが来るまで、時間稼ぎは容易に出来た相手だった。

 だが、この気配の主は明らかに魔術師としての位階は、私の上をいく存在。

 

「隠れてないで出てきな、チキン野郎。それとも、シャイなのか?」

 

 不敵に笑いながら、挑発をするマジョ子さん。でも、明らかに苦戦を強いられると、予想できる。足手まといなど、私は御免だ。

 

「私も戦います」

 

 ソファーからあるだけの気力を振り絞り、立ち上がる。

 

「あぁ? いいから、寝ていろ」

 

「ですが――――」

 

 呆れて、溜息を付くマジョ子さん。拳銃のグリップから銃身に握りを変え、信じられないことに――――私の後頭部に振り落とした。

 

「寝ていろ。って、言ったろうが。それに、寝ゲロして丸一日起きなかった時の口臭に似ているんだよ、お前。」

 

――――なるほど、そういう表現か――――っていうか、それお前のせいだろう、このチビ!

 

「チビは余計なお世話だ。あとでシバくからな」

 

 って・・・・・・・・・届いていたの? 私の精神念話(テレパシー)

 

 

 

腹は執拗に刺し刻まれ、猛火に炙られた誠は、首を何とか動かして、この闘争の場を歩く人物を見窺った。

まるで散歩気分のように歩を進める霊児は、誠と浅生を指と眼を泳がせながら、頭を掻いていた。

 

「うん?」

 

何かに気付いたのか、視線を誠に止め、掌を叩いた。

 

「マコっちゃん? 大丈夫か?」

 

この人――――おれのGパンを見て判断した。

浅生を目の前にしているというのに、一気に脱力した。勢いのままマスクやら甲殻が鈍い音を立てて解ける。毒気と緊張まで抜け切ってしまう。

 

「迷っていたでしょ?」

 

「ごめん」

 

律儀に謝る。しかし、次には刀のような鋭さで、視線を浅生へ移す。

 

「じゃぁ、ありゃ、誰だ?」

 

古の物語から飛び出した竜騎兵を視界に入れていようが、巳堂霊児はまったく緊張した素振りもない。

絶えずその口元には微笑を保っている。

 

「【虚勢のつもりか? 巳堂?】」

 

 嘲笑する凶眼を真正面に受けても、霊児の歩みは止まらない。

 

「いや、別に。本当、さっきまで誰だか解らなかった。でも、今の声で浅生と解ったぜ」

 

 バカ正直。霊児の背中を眺めながら、誠は思う。そのバカ正直さに、浅生の自尊心は逆撫でする。これが作戦なら成功だ。だが生憎、霊児にはそんな打算は何も無い。

 

「【貴様! オレをバカにしているのか? 舐めているのか? オレは七つの大罪の一つ、『肉欲の魔王アスモデウス』の魂を操っているんだ! 勝ち目があると思っているのか! マージョリーの奇襲でも期待しているのか! その前にテメエらを挽き肉にして、あとでゆっくりと真神のついでにマージョリーも犯してやるぜ!】」

 

 浅生の口唇が、引き裂かんばかりに吼えた。

家族を汚すと宣言する浅生を、憤怒の双眸が向けられる。

誠の身体の血管が浮かび上がり、圧し折れた両腕を懸命に握り締めようとする。

 

「それは無理だ」

 

 ヤンチャな子供に苦笑する大人。そんな余裕で霊児は言った。

脇に挟んだ刀の布を剥ぎ取り、ゆっくりと鞘から抜き放つ。駐車場に紛れ込んだ日の光を、反射させる刀を一振りし、鞘は放った。

両の手でしっかりと刀の柄を握り締める。

 

「ガキの遊びは、終わりだからな」

 

 放った鞘が地に落ちる頃、中国拳法に見られる青眼の構えを取る。

超然と、どこにもこの異形と対峙することに、緊張すら皆無のリラックスした構え。

 

「【オレを舐めるなと、言っているだろうが!】」

 

怒号とともに、毒槍の一閃が霊児の胸元に飛来。刀は銀色の弧を描き、火花が散る。槍は霊児のブーツの爪先に、コンクリートを穿って突き刺さる。

飛び散る弾丸速度の破片よりも早く、横移動を終え、直角を描いて懐に飛び込もうとする。

柄の中間地点にまで一気に疾駆する霊児に、浅生はもう片方の槍で迎撃する。しかし、雷の一閃を霊児は軽く跳躍して回避。しかし、浅生はその巨躯を霊児の許容範囲以上のスピードで肉迫し、竜の尾を鉄槌の如く振り落とす!

 

「ヤロウ!」

 

宙空の不安定な体制。そこから高速錐揉み回転で放つ刀の横薙ぎは、尾の一撃を分散し半壊したセリカの屋根に着地。その霊児に偏執的に追尾する毒槍の連撃を、刀で捌きながら、溶解したセダンの合成革に舞い戻る。

山羊とバッファローの口腔と、浅生の口が大きく開かれる!

同時間。攻撃の気配を察知し、誠の肩に素早く身体を入れ、駐車場に鎮座する廃車の影へと飛翔する霊児。

 

「【逃がすかぁっ!】」

 

コンマ一秒後に、三本の火炎放射がセダンを溶解、タンクに残っていたガソリンに引火し、緋色と黒煙を吐き出すセダン!

爆風に煽られながらも、転がりながら廃車の影を辿りつつ、コンクリートの柱の影で一息つく霊児は、大きく溜息を吐いた。

霊児自身、今まで凄惨な修羅場に足を踏み入れたが、それは人外で人間サイズのみだった。浅生のような巨躯とリーチを駆使した敵とは、未知との遭遇であった。

巨躯とリーチに戦意喪失した理由ではない。圧倒的な物理攻撃と、その体躯以上の速度、さらに一八〇度広がる火炎放射。今まで構築した戦術を編み直すことに、手間取っているだけである。

コンクリートの柱に背を預ける霊児の横。無理な動きで傷口が開き、息を荒くしながらも誠は口を開いた。

 

「手伝いますか?」

 

「君は休んでいなさい!」

 

 ムキになって返答する霊児。戦闘のプロフェッショナルとして、プライドが言わせた台詞だった。

霊児さんも、ムキになったりするんだ〜と、腹の傷に喘ぎながら心中で呟く。

 

「あんなのアリか? 普通はデカくなったら鈍くなるだろうが。それをバカみたいな速度で間合いを詰めやがって。ハリウッド版ゴジラかよ? こういうのは、悪魔払い機関の仕事だろうが! カインの野郎、サボりやがって!」

 

 同僚の名前を言い、罵倒する霊児を誠は朦朧としながら見上げた。

 

「そうですよねぇ・・・・・・ゴジラは「VSラフレシア」が一番、良かった・・・・・・」

 

 会話の意図が解らず、霊児の視線は誠へ移動した。血に濡れた歯を剥き出しにするバイオレンスメイカーの双眸は、瀕死の重傷でありながらも爛々と燃やし、怒声を迸らせた。

 

「それを、あのクソッタレは何だぁ! 首が三つもある! キングギドラか、ハリウッド版ゴジラか、ハッキリしやがれってんだ!」

 

「おい! オレら隠れてるんだから、大声出すなよ? それに吐血しながら言う文句かよ? それが遺言になるぞ?」

 

 的外れなことにも怒り狂う誠に、霊児の突っ込みと警告も既に遅かった。

二人のやり取りを、佇んで見下ろす浅生の形相は、取り返しのつかない所まで到達していた。

 

「【テメェら・・・・・・いい加減にしやがれ!】」

 

 怒号と共に数台の廃車を薙ぎ払いながら竜の尾が肉迫!

 咄嗟に刀を構えて防ごうとする霊児の横から、漆黒の(かいな)が伸び、轟音を響かせて竜の尾を受け止める!

 風穴の開いた腹部は黒い筋肉で塞がれ、漆黒の面頬と甲殻を身に纏った誠は、三つ目の憤眼で浅生を見上げる。

 マスクが勢い良く両側に開き、束縛を解いた怒号を発する!

 

「【美殊を犯すだぁ〜? マジョ子さんを犯すだぁ?】」

 

 立ち上がり、竜の尾を両手に鷲掴みにして引っ張る!

 誠の尋常じゃない握力から逃れるべく、毒槍を閃くが先読みした霊児がその毒槍を弾く!

 

「【口に気をつけろ! バッタモンの××××(ピ――――)が!】」

 

「君もね」

 

放送禁止用語の怒声と共に、尾を握りハンマー投げのフォームに入る誠。

エボとRVの不法投棄車を薙ぎ払いながら、高速回転開始! だが、その途中に浅生の毒槍が誠を閃く最中、巻き込まれないように姿勢をすでに低くし、疾走する霊児はハンマー投げの回転に巻き込まれないよう、誠に迫る毒槍を捌く!

巻き起こる火花。回転する悪魔。

誠の常識外れなハンマー投げが放たれ、巨大な竜と一体化した浅生は放物線を描き、轟音を上げてコンクリートに叩き付けられた。

四度ほどコンクリートにバウンドしながらも、T.レックスの二本足で素早く立ち上がり、面頬に隠れた凶眼の双眸に驚愕の光が漏れ始める。が、無理がたたった誠の口から、鮮血が吐き出された。

 

「だから、休んでいろって言ったろう?」

 

「【でも、しんどいっすよね?】」

 

 誠の言葉に悪気は無い。霊児にも良く解る。だが、根が正直なためか表情には、しかめた面が浮かぶ。

 

「【卑怯だぞ! 二人がかりで! 男らしく一対一で闘え!】」

 

浅生の最もの台詞に、さらに複雑に表情が歪む霊児。

 

「【うっせぇ! 巨大化した時点で巨大ロボを呼ばないだけ、有り難く思え!】」

 

 ――――えぇ? オレ達は何時の間にか戦隊モノのヒーローになっている? でも、四人しかいないよ、マコっちゃん? それに、巨大ロボなんて出ないから・・・・・・・・・吐血しながら言う言葉でもないよ?

 それに、これ以上誠に台詞を言わせるのはどうかと思う。

 

「マコっちゃん? 君が思っているより、すご〜く! 君は重症なんだよ? 重症患者がフルマラソンを完走しようとしている無謀さにしか、見えないんだ!」

 

 この時ばかりは、絶えずあった微笑を剥ぎ取って警告を発する霊児。

 

「【そうなんですか?】」

 

霊児の眼からは、誠の身体は今、アドレナリンの過剰な分泌のせいで痛みすら無い。普通なら指一本動かすことすら重労働なはずなのに、誠の魂に住まう『悪魔』は、誠の肉体を突き動かす。

 明らかにこれ以上、誠を動かすのは、危険だと霊児は判断した。

 

「【大丈夫っすよ、霊児さん。あなたは下がっていてください】」

 

 誠が心配してくれる言葉は正直、プライドが傷付いていた。

 多分、誠の視点では、『聖堂』という組織の中で三本指に入り、『聖剣』の名を冠する男を、日本刀を常備している一般人にしか映っていない。

 

「大丈夫だから! こう見えてもオレって強いから。って言うか、メチャクチャ強いから! こんな奴なんて、燃えないゴミと一緒に出してやるから! だから、安心して休んでいなさい!」

 

 半ばキレながらも、誠を心配しての忠告。だが、浅生にとって全てが侮辱以外、何物でもない。

 

「【てめぇ・・・・・・ぶっ殺してやるぞ、巳堂!】」

 

――――矛先が全て、オレに向かっているのか?

 

だが、これはポジティブに考えれば、誠へ攻撃が向かない状況を作り出した。

誠の危険を少なくする機会だった。

しかし、それは誠自身の体力回復の絶好な機会でもあった。

 

 

 

いきなりだった。

 金髪の魔女が、ロングTシャツだけ着た女の子の後頭部を叩いた。気絶して、倒れようとする女の子の身体を支え、乱暴にソファーに戻す。

わたしは姿を隠しながら見ていたが、この判断は賞賛してあげてもいい。

 第一に気絶した女の子は、強がって立とうとしていた。ゆえに足手まとい。なら、とっと気絶させるのが、手っ取り早い。

 

――――これなら、女の子を守りながら闘うことをしなくて良い。場所を移動すればいいだけだ。わたしを相手に、舐められたものだ。

 空間迷彩の結界を張りながら、わたしは手を叩いて感服の意を表した。

 

「彼女を気遣うなんて、余裕ね」

 

「気遣うだ? ギャーギャー喚くハリウッド映画よろしく、みたいな女が一番嫌いだ」

 

「わたしとしては、王道だと思うな? それが映画の醍醐味でしょう?」

 

「観客は常に進化を求めるんだぜ」

 

 軽口の応酬。でも、このマジョ子と呼ばれた小さな女の子は、見た目とは裏腹に場数を踏んでいる。わたしの重圧ですら、まったく意に介さずに二丁の銃口は、わたしの声を追尾する。

 足音を消し、気配を部屋に撒き散らしていなければ、すぐさま先ほどのように弾丸の洗礼を浴びせるつもりだろう。

 それに、言葉とは裏腹にソファーから距離を離している。明らかに彼女はこの女を救出しようとしているのが、見え見えのポーズ。

 ならばと、わたしはもう一度口を開いた。

 

「勝てるとでも?」

 

 さらに気配を巨大にする。同時に殺気を解放。

この重圧を感じて、戦闘能力を把握できないようなら、小物だ。適当に倒して、誠の戦いを観戦しにいく。

 

臆病(チキン)がよく言う、ブラフだな。聞き飽きているぜ」

 

 口だけの小物だったようだ。わたしは溜息を吐いて『傲慢の魔王ルシフェル』を、構成(マテリアル)。同時に跳躍し、彼女の真上――――天井を蹴って肉迫する。雷を纏うルシフェルの右拳が、彼女の頭に鉄槌の如く振り落とす。しかし、彼女はその小さな体躯で側転し、床を穿つ拳の一撃を回避した。

 仕留め損なった獲物へ視線を移すと、マジョ子というロリッ娘の左肩に乗る小人が、ケタケタとバカにした笑声をあげていた。

 灰色のマントに、真紅の房が付いた緑の帽子――――その小人を見て、わたしは小物と断じた彼女に、内心で舌打ちをした。

 隠れた財宝を見つけ出し、過去と未来に関する知識を有する〈ソロモン王の七二柱〉である〈力天使の公爵〉バルバトス。

隠れた財宝は即ち、わたし。最初から居場所を知っているにも関わらず仕掛けなかったのは、気絶する女の子から距離を取るための布石だった。

 

「いい一発だが、当たらないなら意味がねぇ!」

 

ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、知恵比べに勝った生意気なチビは、二丁の銃口は轟然と火を放射する。

弾丸の雨を魔王の翼で叩き落し続ける最中、彼女の先を読み込むために作戦を瞬時に組み立て直す。

 

(気絶した女の子を背にし、銃器の使用を限定させる。そして肉弾戦で早期決着!)

 

 一秒で組み立てた作戦を決行しようと、魔王の翼を壁にしてソファーへと間合いを詰めるべく、床を蹴った。

 同時に金髪の魔術師は、人外の発音を用いて悪魔に指令を下す。

 

【テトラグラマントン、サディの御名によって命ずる!『目の前の敵を倒せ!』、『倒せ!』、『倒せ!』】

 

 瞬間、山羊面の小人と、帽子を被る小人が級スピードで巨大化。全長二メートル九〇センチあるわたしの魔王と見劣りしない巨躯となり、その身体で二匹がタックルを仕掛けてきた。

 ソファーを背にしようとしたわたしの身体と魔王は、一気に壁際まで押し込まれようとしたが、壁に数センチの隙間を残して停止。

魔王の膂力を持ってすれば、例えソロモン王の封じた悪魔であろうと、地獄の第一軍大将であろうが、止めるのは容易い。

 

「残念。役不足よ」

 

 わたしの言下に従い、魔王の両腕は軍大将と力天使の公爵の頭を鷲掴みにし、果実のように握り潰した。

 脳漿と血飛沫は床に飛び散り、軍大将と公爵の構成は砂のように解けて崩れ去る。

 恐らく、この魔術師は魔女の正統な血脈の家柄。

人外の発音を用い、複数の悪魔を支配下に置いている。そして、先ほどの二匹は切り札であろう。地獄の第一軍と、力天使の公爵以上のものを召喚は無いと、考えていい。

 もう、この魔女に残された手札は皆無に等しい。わたしは嘲弄の笑みを魔女に向けると、その魔女自身が、わたしと同質の笑みで返していた。

 

「まぁ、今はこんなもんだな」

 

言いながら、トコトコとソファーへ悠々と歩き、気絶している女の子を担ぎ始める。呆れてしまうわたしは、そのあまりにも隙だらけだったため、攻撃の機会を忘れ、彼女の背に訝しげに言う。

 

「何? それは? 命乞いと見ていいかしら?」

 

 もしそうなら、戦闘を放棄する魔女の選択は正しい。彼女が使役している悪魔がどれだけかは知らないが、わたしの使役する魔王はある意味戦艦並の火力がある。戦艦相手に白兵戦を決行していた彼女を褒めるべきだろう。だが、その思案すら読み切っていたような、薄っすらと笑みを浮かべる金髪の魔術師。

 

「たしかに、まともに闘ったらアタシが殺られるだろうな――――でも、相手が足元(・・・)をお留守にする奴なら別だ」

 

 その言葉に何の意味がある。魔王の拳で砕かれて消えていく運命にある魔女は、顎でわたしの足元を指した。眼差しを足元に向けた瞬間、わたしは総毛(そうけ)立った。

 方位を囲む幾数の、宝石で装飾された短剣が床を穿ち、結界の壁を構成しているのに気付いたわたしに、魔女は続ける。

 

「この部屋に気配を殺さず、逆に充満させて撹乱するほど、頭の良いお前ならアタシを見てこう思っただろう。魔術師としての位階は同格だが、自分の戦闘能力と、使役する魔王なら負ける理由がないって」

 

 図星過ぎて歯軋りすら出来ない。

 

「同感だぜ。お前とまともに殺り合ったら、アタシがまず負ける。でも、アタシは勝負する気は最初からない(・・・・・・・・・・)のも、計算に入れろ。見え透いた気配が逆に仇になっていたぜ?」

 

 つまり、今、担いでいる女の子を救出するだけが、この魔女を動かしていた理由。

 

「簡単だろ? 適当に相手して、結界に括ればいいだけの話だ。そうすれば、お前は身動きが取れない。そしてアタシはこのお荷物を持って、仲間と合流すればいいだけだ」

 

 己の切り札すら布石にした魔女の戦術に、わたしは愕然とした。

 最初から最後まで、この魔女は計算し尽くしていたと、その笑みは語っている。

 

「じゃあな。そこで良い子にしていろよ? あとできっちり訊問してやるからな」

 

 その背が消えるのを見届けて、結界に括られたわたしは失笑した。

やられた。この結果の解除には時間がかかる。だが、あの魔女もミスはするらしい。

確かに結界の解除は時間が必要。でも、それは戦闘中を意味しているだけであり、闘う相手のいない時間なら、別だ。あの計算高い魔女も、この部分は盲点だっただろう。

しかし、誠の戦い振りを観戦する時間が無いのは、本当に残念だ。

 

 

 

「【巳堂・・・・・・お前一人で勝てると思っているのか? お前の剣は一度もオレに触れていないぞ?】」

 

ゆっくりと臆す事無く、悠然と霊児さんへ歩み寄る。

 

「一人ずつ闘って欲しいのか、二人一辺に闘いたいのか、どっちかにしろよ?」

 

 緊張皆無の声音で、おれから離れていく霊児さん。

 

「それに――――」

 

 歩きながら、転がっていた鞘をリフティングの要領で浮かした最中、刀を鞘へと戻した。 鞘をベルトに差し、両手を赤ジャケットの中へと滑り込ませ、不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「刀だけじゃないんだなぁ」

 

 指の間に挟めた銀の杭。合計八本の杭が鉤爪のように握られていた。

 刹那、投擲される杭の一本。弾丸の如く射出された杭! しかし、おれも浅生もその程度の速度なら、余裕を持って摘むことすら可能だ。

 正確に額を狙う杭を、浅生は首を横に向けて躱す。しかし、躱したはずの杭は、右肩の山羊に突き刺さった!

 驚愕する浅生と、(・・・)

 確かに躱したはずの杭だったはず。なのに、その杭は浅生の山羊の額を深々と穿っていた。

 

「どうした? 速過ぎて見えなかったか?」

 

 杭をジャグリングする霊児さんの声音は、何時もと同じフレンドリーなノリ。

 

「次はもっと、速くいくぜ」

 

 言い放った直後、十本以上の杭がジャグリングされ始め、霊児さんの右手は閃く!

 ジャグリングされた数十本の内、三本が浅生を穿とうと銀線が迫る!

 先ほどの愚を犯さない様に、浅生も両腕の槍を用いて正確に弾くが、連続する金属の反響音を奏で、残ったバッファローの眉間、面頬の隙間にある右目、右足を穿つ。

 

「【てめえ!】」

 

 この人の攻撃は全て避けることが出来ない。浅生も同じ考えなのだろう。ダメージを無視して肉迫をしながら槍を連続に繰り出す!

 だが、軽業師のようにジャグリングの手を休めずに槍を回避しながら、さらに悪夢のような杭を放つ。

 しかも、右足の怪我で最初のような瞬発力は半減され、霊児さんの敏捷性に翻弄。死角になった右目に回り込みながらも、杭の掃射は一切の停滞が無い。

 さらに驚くべきことは、おれに被害を及ぼさないように苛烈な戦闘区域から離れていく。この戦闘の最中に、何て気配りが行き届く人だ!

 

「ここで、このマジックのネタバレをしてあげよう」

 

 まるで子供に言い聞かせるような霊児さんの口調。教育テレビに出てくるお兄さんのノリだ――――っていうか、戦闘中ですよ?

 

「避けたり、防いだりした杭が何故、当たるのでしょうか?」

 

 ジャグリングは気付かない内に、残り四本まで減っていた。

 

「正解は――――」

 

 言下、二本投擲!

 浅生は槍で防ぐが、杭は左足にやはり突き刺さる!

 そして何故か、霊児さんの手にはもう杭は残っていなかった。

 

「一本投擲したと見せかけて、二本投擲していました。解らなかったろう?」

 

 簡単に言うけど、投げた一本の杭に出来た死角に、本命を投擲していたことだ。しかも、躱すなり、防ぐことも『予知』していた。

 おれは霊児さんを、日本刀を常備している一般人だと思っていた。まぁ、日本刀を持っている時点で一般人じゃないけど、訂正しよう。

 この人は・・・・・・・・・中国雑技団の人だったんだ!

 

「マコっちゃん・・・・・・・・・」

 

「【はい?】」

 

「オレは中国雑技団に入ったことは無いよ」

 

 届いている? おれの精神念話(テレパシー)? 何だか知らないけど、凄く怒った顔だ。

 

「【テメエら! いい加減にしろ!】」

 

「ウァ! 怖!」

 

 放置プレーしていた浅生に眼を向けた霊児さんは、全然怖がっていないリアクション。

 

「【万事休すだな、巳堂? てめえにもう杭は無いんだろうぉ?】」

 

「うん。そうだよ」

 

 正直すぎだ。この人。

 

「【てめえに攻撃手段はねぇ!】」

 

 怒号と共に閃く右の毒槍。一直線に、迫る槍すら余裕の笑みを浮かべた霊児さんは、腰を低くし、ベルトに差した刀の柄に手を添えた。

 

「破ァッ!」

 

 ふざけた笑みを引き剥がし、放たれた居合の一閃!

 初動すら見えなかった居合抜きは、風を切る音すら皆無。

 毒槍は擦過音も火花も、その硬度すらも無く、霊児さんの頭上で切断された矛先は回転する!

 刀の峰で肩を叩きながら、落ちてくる高速回転する矛先。その切断部分を正確無比に目掛けて、サッカーのボーレーシュート! 

浅生の心臓目掛けて放たれた矛先は、残った槍で弾く!

 

「ちゃんと、レッスンしてやったんだから学べよ」

 

 何時も間にか、霊児さんの刀は消えていた。

 

Jack potってやつ」

 

 弾いた動作のまま、止まる浅生。その胸に鍔まで深々と穿つ霊児さんの刀。

 メチャクチャ発音が良い捨て台詞で、悠々とおれに向かって歩いてくるが・・・・・・・・・

 

「【霊児さん? まだですよ。後ろ、後ろ】」

 

「はぁ?」

 

 メチャクチャ疑問形。同時に迫る浅生の毒槍は、霊児さんの背中目掛けて迫る。しかし、無手のまま槍の軌道を逸らし、直撃を回避。

 

「おいおいおい? まだ生きているの? 心臓刺さってるんだよ?」

 

 自分のクラスメートを殺す気だったのか? この人は?

 

「っていうか、マコっちゃんもテンションあげて言えよ!」

 

 テンションのダメ出しまでされちゃったよ。

 言いながら、フラフラと足元が危なくなる霊児さんは、その場で倒れてしまう。

 

「あれ? 変だな? マコっちゃんが横になっている? 何でここに壁があるの?」

 

「【それは、霊児さんが倒れているんですよ。それに、それは壁じゃなくて床です】」

 

 おれたちのやり取りを聞きつつ高笑いの浅生は、倒れた霊児さんを見下ろす。

 

「【やっと、オレの毒槍に触れたな?】」

 

「毒! 何で先に言わないの、マコっちゃん!」

 

「【いや、おれも初めて聞きました】」

 

 それに、霊児さんのような症状は出なかったし。

 

「浅生、ちょっと待っていろよ。五秒だけ待ってくれたら、すぐに解毒するから」

 

「【待つワケねぇだろう!】」

 

 倒れた霊児さんの背中を穿とうとする毒槍の一閃。しかし、おれは既に霊児さんの前に移動を完了し、槍の腹を両手で挟め止めた。

 

「【確かに、五秒も待つ必要はねぇな? お前をミンチにするのに五秒はいらねぇ!】」

 

 全力で、引き寄せる。弾丸の如くおれに向かって飛ぶ浅生。

 腰のタメを作り上げ、右拳に全エネルギーを注ぎ込むイメージをする。それと共に右腕は金属音を奏でながら変形し、肘にマフラーのような穴が出来上がる。穴から熱風が吹き荒れる。

 

「熱ッ! 熱いって!」

 

 言いながら、非難する霊児さんの声音と共に、拳の射程距離に入る浅生の胸に刺さる胸の柄目掛けて、右ストレートを放つ。

 何十とある空気層を貫きながら、柄をぶっ叩く!

 浅生の背中から貫通した日本刀は、反対の壁を砕き、月面のクレーターを作り上げた。

 

「オレの刀が!」

 

 霊児さんの情けない悲鳴がこだまし、倒れる浅生をおれは左手で支えてやる。

霊児さんはおれと浅生に視線を移すと、刀の一時忘れて安堵の溜息を吐いた。

 

「冷や冷やさせやがる。これで終わりか・・・・・・・・・結果的に二対一だったけど」

 

「【トドメだ】」

 

「まだやんの?」

 

 当たり前。俺の怒りが収まらない!

 支えた手で一二メートルの巨体を肩に担ぎ上げ、背中の鎖が引き摺り出される感触と共に、四枚の羽根が一気に広がる。

 両膝の跳躍と翼の羽ばたきで、ミサイルのように飛翔。ビルの天井を次々と打ち破りながらも、その勢いは衰えることは無い。

 

「君は何がしたいんだ!」

 

 飛翔直後、霊児さんの何かを諦めたような声音がやけに、はっきりと聞こえた。

 三個目の雲を突き破って羽ばたきを止め、そこから自由落下するための一瞬の無重力。

 重力の法則に従い、おれは浅生の毒槍になっている両腕を逆方向に曲げる。目を覚まして絶叫する浅生。しかも、何故目を覚ました時に、こんな上空にいるのかも解らずにパニックに陥る。

おれは構わず左腕を持ったまま捩じ上げ、背中に回った最中に両腕は背中でX字を描かせることで、両肩は脱臼。

浅生の悲鳴は、さらに五オクターブ跳ね上がった。

 

「【良い声で唄うじゃねぇか! ブラボー! お前は最高の歌手になれるぜ!】」

 

 おれの歓声も聞こえていないのか、浅生は唯一自由だった尾をおれの首に巻きつけた。溜息混じりに片手で尾を引き剥がし、両腕と尾でX字を作る。足場にしていた背骨から、生木が折れた音がした。

 この音は最低だ。カルシウムを取っていないな、こいつ。

 両足に移る事にする。もみ合いながらも、浅生の間接を次々と圧し折る。

 悲鳴も無くなり、折る関節も無くなる頃に地面がもう、すぐそこまで近付いてきた。そろそろ、仕上げに移らないと。

 浅生の襟首を鷲爪になっている足で掴み、浅生の両足を両腕と鎖で雁字搦めにしたと同時に、ビルのぶち破った天井の穴に落下。

 

「オレの日本刀、何処だよ?」

 

 情けない霊児さんの声が、敏感になっている聴覚が捉え始めたと同時に、地面に浅生を叩き付けた。

 大音響が地下駐車場を震わし、廃ビルが地鳴りを起こしている。

 駐車場全てにクレーターを穿つ、浅生の巨体。何故か知らないが、ゴロゴロと転がる霊児さんだったが、すぐに立ち上がっておれへと視線を向けた。

 地面に突き刺さり、彫刻のように固まった浅生から離れたおれは、創作物の出来栄えを確かめるために浅生から離れて、しげしげと眺める。

 何と言うか、中世の騎士が全体的に捻じれて、顔面から突き刺さった柱のようだ。何とシュールな光景か。例えるなら、そう――――『ピカソ、彫刻始めました』ってところかな?

 

「【必殺――――誠バスター】」

 

 名前付けてみたりして。

 

「必殺技とか作っているし! 自分の名前、必殺技に付けているし! アンパンのノリかよ! っていうか、アンパンはそんなことしねぇよ! さらにオレ、突っ込みキャラと化しているし!」

 

 決まったと、思っていたんだけど・・・・・・・・・そう思った直後だった。屋上の天井が落ちてきた。

 どうやら、誠バスターで穿ったクレーターは地盤まで穿ってしまったらしい。

 

「【あちゃ〜失敗だ】」

 

「冷静すぎるぞ! マコっちゃん!」

 

 

 

 

気絶から目を覚ました私は、マジョ子さんに担がれていた。早く巳堂さんと合流しようと、向かいのビルから出たマジョ子さんと、私の朦朧とする目に飛び込んだのは、ハリウッド張りに崩れていたビル。何故、こんなことが起きるのか、何をしたらこのようにビルが崩れるのだろうか?

 

「このビルにピンポイントでミサイルでも、落ちてきたのか?」

 

 まさか――――いくらこの街が、黙示録すら再誕する土地であろうと、現代兵器が飛び交うのは、幾らなんでも・・・・・・・・・それより、誠は? 瓦礫の下敷きになっているの?

 言った直後、小高い丘になっていた瓦礫が内側から爆砕する。

 現れたのは、漆黒の衣を纏う異形だった。首と肩に刺々しいスパイクに、鋭角に尖った四枚の翼。顔には真っ赤な三つ目の悪魔は――――濡れた犬が、毛皮を脱水するために身体を震わせた。

 

「何だ? 埃を払っているのか?」

 

 だが、私には解る。禍々しい姿に似つかず、あの愛嬌たっぷりの仕草。間違うわけが無い。

 

「誠ォ!」

 

「マジ! 何で解る?」

 

 一目見ただけで解る。これぞ、愛の力なり。

 その誠の足元から、巳堂さん。それと、その肩に担がれた浅生が出てくる。

 

「巳堂さん!」

 

 言ったと同時に、私を放り投げて巳堂さんに全力疾走するマジョ子さん。毒にやられた後輩、気遣えよ。頭から落ちたよ。

 

「お怪我は無いですか?」

 

 いや、私の方が重症。巳堂さんは埃被っているだけじゃないですか・・・・・・・・・この距離でも解るでしょう。

 

「怪我は無いよ。マコっちゃんが、覆い被さってくれたからな。でも、このビルを崩したのもマコっちゃんだ」

 

 何故か少し、巳堂さんらしくない怒りを含めた口調だった。

 肩に担いだ浅生をおろした霊児さんは、深々と溜息を吐いた。

 

「これで本当に一件落着だよね? マコっちゃん?」

 

何で、誠に聞くのだろうか? 漆黒の衣を解きながら、怪訝とした表情を浮かべる誠も同じ考えなのか、首を傾げていた。

 

「うぅっん・・・・・・」

 

 うめきつつ、両目を開けた浅生は、ハッとなって起き上がった。彼の姿は巳堂さんの刀に巻かれた布で、下半身は隠されていた。こんな所まで気配りが行き届く人は、そうはいない。

 

「オレは・・・・・・どうして・・・・・・」

 

 今まであった卑屈な眼差しが消え、怯えながら私たちに視線を泳がせた。

 

「・・・・・・そうか・・・・・・オレは・・・・・・何てことを・・・・・・!」

 

「どうやら、お前にとり憑いた悪魔が払われたようだな」

 

 どうやら、マジョ子さんはその類稀な観察眼で瞬時に、浅生の状態を理解したらしい。

 

「オレは、今まで・・・・・・とんでもない過ちを犯していた・・・・・・・・・あんな『力』に踊らされてしまった・・・・・・・・・でも!」

 

 項垂れていた顔を立ち上がった私へと向ける。その眼差しは、今までに無い誠実さに溢れていた。

 

「でも、オレの気持ちは本当なんだ、真神! オレは本当に、君の事が好きなんだ」

 

 浅生の告白を見守るマジョ子さんは、沈黙の姿勢を維持している。巳堂さんは、私と浅生を交互に見窺う。誠と言えば腕を組んで、無表情で浅生を見ている。

 三人三様の反応を見つつ、私は浅生の言葉を紡ぐ。

 

「私は嫌いです。っていうか、腰布一丁で告白する、普通?」

 

 普通の格好をしていても、同じ言葉を言うけど。

 霊児さんはこの台詞の何が悪かったのか、目を見開いて私を凝視していた。

マジョ子さんは、全て予想済みなのか、気だるげな溜息を吐く。

 誠は誠で、浅生の肩を叩いてこの勘違い男に相応しい、見下げ果てた笑みを唇に浮かべた。

 

「お前さぁ〜自殺を勧めるよ」

 

 誠はいつも、私の怒りを代弁してくれる。拳であろうと、言葉であろうと。

その一言が何よりも効いたのか、膝から崩れ落ちて顔を地に伏せた。その姿は笑いを誘うに充分だった。鼻を啜る音が響いては、もうダメだ。堪えきれない。

 

「フッフッフッフッ!」

 

「ハッハッハッハッ!」

 

 私と誠の笑声が異口同音で、瓦礫の上に響いた。あまりにも滑稽すぎる。最初から、そんな素振りをまったく見せなかった私に、告白する無謀さは買えるだろう。ただし、私以外。

 

「お前ら、調子に乗りすぎだ。撤収するぞ」

 

 姉御肌のマジョ子さんが、私と誠の背中を思いっきり引っ叩いて、歩きを強制する。だから、私は毒にやられてかなり、重症なのに。この先輩には後輩を気遣う気持ちが一つも無い。

 マジョ子さんに施され、誠と私が並び、その後ろにマジョ子さんが歩く。巳堂さんは何故か、私達と浅生を交互に見てから思い悩んだ末に浅生へと近付いた。トドメでも入れるのだろうか。

 

「ヒィィィイ! スイマセン! 調子に乗っていました! スイマセンでした、巳堂さん! だから、もう勘弁してください!」

 

 彼に相応しい負け犬のセリフ。巳堂さんは戸惑い、手を振ってから心底困り果てて頭を掻いた。

 

「えーと。その、何て言えば、良いのか――――その、ごめんね?」

 

 そんな捨て台詞を残して、私たちに追いつくために小走りする。あんな男には、勿体無い言葉を残して。

 

 

 

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